同種造血幹細胞移植と移植片対宿主病
第1章 移植第2章 GVHD病態
▼造血幹細胞移植の現状と課題 ▼GVHD ▼GVHDの種類 ▼定義・診断基準 ▼リスク因子 ▼慢性GVHD の発症率、非再発死亡率 ▼治療目標
- 造血幹細胞移植の現状1-3)
- 本邦での同種造血幹細胞移植の実施件数は、年間3,500件以上と増加し続けています。
- ドナーリンパ球輸注、骨髄非破壊的前処置、臍帯血移植などの新しい移植法の開発により、高齢患者を中心に適応が拡大
- 感染症予防、免疫抑制薬、支持療法の改善
- DNAを用いた組織適合検査により、同種造血幹細胞移植成績の向上
- 本邦において、同種造血幹細胞移植は、長期生存・治癒成績が期待できる治療法として有用性は確立されており、成績向上の要因の1つとしてGVL効果があげられます。
- 高いGVL効果を期待し、移植後再発のリスクの高い疾患や病態に対して、慢性GVHD増加のリスクを前提に末梢血幹細胞移植を選択する考え方もあります。
- 本邦での同種造血幹細胞移植の実施件数は、年間3,500件以上と増加し続けています。
- 造血幹細胞移植の課題2-4)
- 重篤な治療合併症が通常の抗がん剤治療と比べ、高い確率で発生しています。
- 主な合併症であるGVHDは、造血幹細胞移植を制限しています。
- 急性および慢性GVHD、とくに慢性GVHDの発症は長期間にわたり、免疫抑制薬の投与が必要となり、患者のQOL低下を招いています。
1)一般社団法人 日本造血細胞移植データセンター ホームページより http://www.jdchct.or.jp/data/slide/2019/transplants_2019_JDCHCT_20200331.pdf
2)Ferrara, JML. et al.: Lancet. 2009; 373: 1550-1561.
3)魚嶋 伸彦: 京二赤医誌. 2016; 37: 7-16.
4)国立がん研究センター 希少がんセンター 造血幹細胞移植 https://www.ncc.go.jp/jp/rcc/treatment/stem_cell_transplantation/index.html
- GVHDとは、同種造血幹細胞移植時にドナー由来のリンパ球がホストである患者の組織や臓器を攻撃する免疫反応により引き起こされる合併症疾患のことです。
- 同種幹細胞移植後の10~30%がGVHD関連合併症で死亡に至ることからGVHDの予防と治療は同種移植成績向上に重要です1)。
同種造血幹細胞移植後の死亡率(海外データ)2)
対象:1980年から2015年の間にEBMTのデータベースに登録された同種造血幹細胞移植を受けた患者114,491例
方法:各コホート期間(1:1980-2001年、2:2002-2015年)における期間別*の死因を集計した。
*30日:0-30日、100日:31-100日、1年:101日-1年、5年:1年超-5年
1)日本血液学会 編集. 血液専門医テキスト 改訂第3版, p157, 南江堂, 2019.
2)Styczyński J. et al.: Bone Marrow Transplant. 2020; 55:126–136.
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/
- GVHDは大きく分けて急性と慢性があり、組織学的あるいは臨床徴候により分類されます。
GVHDの種類
*移植あるいはドナーリンパ球輸注施行日からの日数
平成30学会年度日本造血細胞移植学会ガイドライン委員会 編集.
造血細胞移植ガイドライン GVHD(第4版), p2, 日本造血・免疫細胞療法学会, 2018.
- 急性GVHD 1)
- 同種造血幹細胞移植後早期にみられる皮疹・黄疸・下痢を特徴とする症候群で、移植片の宿主に対する免疫反応によるもの
- 慢性GVHD 1)
- 診断的徴候(急性GVHDでは認められない臨床症状)、あるいは特徴的徴候(他の疾患と鑑別するためには検査所見や他の臓器病変)の存在を必要とする
GVHDの診断基準2)
1)平成30学会年度日本造血細胞移植学会ガイドライン委員会 編集.
造血細胞移植ガイドライン GVHD(第4版), p2-3, 日本造血・免疫細胞療法学会, 2018.
2)Jagasia, MH. et al.: Biol Blood Marrow Transplant. 2015; 21: 389-401.e1.
- GVHDのリスク因子は、急性GVHDと慢性GVHDで共通する因子と異なる因子があることが知られています。
GVHDのリスク因子1,2)
1)Flowers, ME. et al.: Blood. 2011; 117: 3214-3219.
2)Nassereddine, S. et al.: Anticancer Res. 2017; 37: 1547-1555.
- 造血細胞移植後における慢性GVHDの累積発症率は全体で37%であり1)、慢性GVHDを発症した場合の5年非再発死亡率は3737%でした2)。
慢性GVHDの発症率(日本人データ)1)
対象:2009年までに移植登録一元管理プログラム(TRUMP)に登録された自家造血幹細胞移植、同種造血幹細胞移植を実施した日本人成人患者4,818例
方法:慢性GVHDの発症率を累積発生率曲線に基づいて推定した
慢性GVHDの非再発死亡率(海外データ)2)
対象:CIBMTRのデータベースに登録された2004年から2007年まで造血幹細胞移植を受けた患者8,494例
方法:慢性GVHDを発症した患者の非再発死亡率を集計した。
1)Kanda, J. et al.: Bone Marrow Transplant. 2014; 49: 228-235.
2)Arai, S. et al.: Biol Blood Marrow Transplant. 2015; 21: 266-274. より改変
- GVHD治療目標は有効なコントロールをしながら、有害事象や再燃のリスクを最小限にすることです1)。
- <短期的な治療目標>1-3)
- GVHDに伴う症状を緩和し、GVHDの活動性をコントロールする
- 予防薬の投与により、臓器障害と後遺症を予防する
- 治療に伴う副作用のマネジメントをする
- <長期的な治療目標>2,3)
- 免疫学的寛容を成立させる
- 免疫抑制薬による治療終了後も、GVHD症状の再燃を認めない状態に導く
- 現状2)
- ほとんどの治療法はGVHDによる障害を予防しながら、免疫学的寛容が成立するのを待つものであり、免疫学的寛容を促す治療法は確立されていません。
1)Dignan, FI. et al.: British Journal of Haematology, 2012; 158: 30-45.
2)稲本 賢弘;日本造血細胞移植学会雑誌2017; 6: 84-97.
3)Flowers, MED. and Paul, J. Martin, PJ.: Blood2015; 125: 606-615.
▼GVHDの発症機序:急性GVHD ▼GVHDの発症機序:慢性GVHD ▼JAK/STATシグナル経路 ▼GVHDとJAK/STATシグナルとの関係
- 急性GVHDの発症機序には炎症反応が関わっており、主に3つの相に分けられます。
急性GVHDの病態生理学1,2)
APC:抗原提示細胞
1)Harris, AC. et al.: BR J Haematol. 2013; 160: 288-302.
2)McDonald-Hyman, C. et al.: Sci Trans Med. 2015; 7, 280rv2.
- 慢性GVHDの発症機序は、急性GVHDのように病態生理学的に解明されておらず、自己免疫応答や線維症の特徴を示し、免疫刺激を受けて、大まかに5つの相を経て細胞傷害に至ります。
慢性GVHDの病態生理学1-3)
1)Schroeder, MA. And DiPersio, JF.: Dis Model Mech. 2011; 4: 318-333.
2)Blazar BR, et al.: Nat Rev Immunol. 2012; 12: 443-458rv.
3)McDonald-Hyman, C. et al.: Sci Trans Med. 2015; 7, 280rv2.
- JAK/STATシグナル経路1)は造血幹細胞などの維持、造血、炎症反応などのコントロールに関わっています。JAKはヤヌスキナーゼというチロシンキナーゼの1つであり、JAK/STATシグナル経路の機能不全は免疫不全、悪性腫瘍などの原因となります。
JAK/STATシグナル経路
- 哺乳類においてはJAKファミリーはJAK1、JAK2、JAK3およびTYK2の4つのドメインからなり2)、各種サイトカインなどのシグナル伝達経路の最上流に位置しています。
サイトカイン受容体と下流のJAK/STAT2)
EPO:エリスロポエチン、GM-CSF:顆粒球単球コロニー刺激因子、MPL:トロンボポエチン受容体遺伝子
1)Thomas, SJ. et al.: Br J Cancer. 2015; 113: 365-371.
2)Abboud, R. et al.: Ther Adv Hematol. 2020; 11: 1-13.
著者にノバルティスより講演料、コンサルト料などを受領している者が含まれる。
▼急性GVHDの症状 ▼急性GVHDの重症度分類 ▼慢性GVHDの症状 ▼慢性GVHDの重症度分類 ▼GVHDの経済的負担
- 急性GVHDの症状は、移植後早期に起こり、発熱に続いて皮膚病変、消化器病変、肝病変に起因した症状(それぞれ皮疹、下痢、黄疸など)を発現します。
- 通常は皮膚症状が先行し、ついで消化器症状や肝障害が起きます。
急性GVHDの症状
ALP:アルカリホスファターゼ
ALT:アラニンアミノトランスフェラーゼ
ULN:基準値上限
日本造血・免疫細胞療法学会 ホームページ https://www.jstct.or.jp/modules/patient/index.php?content_id=21
- 標準的な急性GVHDの重症度分類は、従来のGlucksbergによる分類法を1994年の急性GVHDのgradingに関するconsensus conferenceにおいて一部改定したものを用います。
臓器障害のStage
- a)ビリルビン上昇、下痢、皮疹をひきおこす他の疾患が合併すると考えられる場合はstageを1つ落とし、疾患名を明記する。複数の合併症が存在したり、急性GVHDの関与が低いと考えられる場合は主治医判断でstageを2-3落としても良い。
- b)火傷における“rule of nines”(成人)、“rule of fives”(乳幼児)を適応。
- c)3日間の平均下痢量。小児の場合はmL/m2とする。
- d)胃・十二指腸の組織学的証明が必要。
- e)消化管GVHDのstage 4は、3日間平均下痢量成人>1,500mL、小児>833mL/m2でかつ、腹痛または出血(visible blood)を伴う場合を指し、腸閉塞の有無は問わない。
- f)小児の下痢量に関しては、いままで成人の基準を単純に体表面積換算して算出してきたが、国際的同一性の観点から、CIBMTRで採用されている基準を採用した(CIBMTR: Series 2002 Reporting Form)。
急性GVHDのGrade
- 注1)PSが極端に悪い場合(PS4、またはKarnofsky performance score(KPS)<30%)、臓器障害がstage 4に達しなくともgrade Ⅳとする。GVHD以外の病変が合併し、そのために全身状態が悪化する場合、判定は容易ではないが、急性GVHD関連病変によるPSを対象とする。
- 注2)“or”は、各臓器障害のstageのうち、一つでも満たしていればそのgradeとするという意味である。
- 注3)“–”は障害の程度が何であれgradeには関与しない。
平成30学会年度日本造血細胞移植学会ガイドライン委員会 編集.
造血細胞移植ガイドライン GVHD(第4版), p5, 日本造血・免疫細胞療法学会, 2018.
- 慢性GVHDの症状は、口腔内病変、皮膚病変、爪病変、眼病変、肝病変および造血器系疾患と、様々な症状が広範囲に及んでおり、診断が難しいとされています。
慢性GVHDの症状
慢性GVHDの臨床徴候
平成30学会年度日本造血細胞移植学会ガイドライン委員会 編集.
造血細胞移植ガイドライン GVHD(第4版), p9, 日本造血・免疫細胞療法学会, 2018.
- 慢性GVHDの重症度分類は、2005年に発表されたNIH consensus development projectを基に、重症度が軽症、中等症、重症に分類されたものを、2014年に一部改訂したものを用います。
慢性GVHDの重症度分類
平成30学会年度日本造血細胞移植学会ガイドライン委員会 編集.
造血細胞移植ガイドライン GVHD(第4版), p10,日本造血・免疫細胞療法学会, 2018.
- GVHD患者は長期にわたる免疫抑制薬による治療が追加で必要になることがあり1) 、治療費は同種造血幹細胞移植の治療費に追加で$1,500~2,800の費用がかかります2)。
- GVHD患者は再入院率が高く、治療費の負担が増大し、経済的負担が大きくなります2) 。
同種造血幹細胞移植後の患者におけるGVHD有無別・重症度別に医療費負担を検討した後方視的試験3)(海外データ)
GVHD有無別の再入院率、再入院費用
急性GVHD重症度別の入院日数
対象:2006年1月~2009年4月の間に同種造血幹細胞移植を実施した血液悪性腫瘍患者187例
方法:GVHD有無別の再入院率、再入院費用および急性GVHD重症度別の入院日数を集計した。
1)Khera, N. et al.: Blood. 2012; 120: 1545-1551.
2)Benjanyan, N. et al.: Biol Blood Marrow Transplant. 2012; 18: 874-880.
3)Dignan, FL. et al.: Clin Transplant. 2013; 27: E56-E63.